【作家の藤岡陽子さんより『看護師さんを元気にする本』の書評をいただきました】

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作家の藤岡陽子さんより『看護師さんを元気にする本』の書評をいただきました。

書評

私が看護師になったのは、人より遅くて三十四歳の時でした。看護学校に入学したのは三十歳の時で、その時すでにスポーツ新聞の記者や、法律事務所の事務員、塾の講師など、他の業種の仕事を経験していました。そんな私が看護学校に入って最初に感じたのは、
「これまでとは全然違う。とんでもなく厳しい世界だな」
 ということでした。もちろん人の命を預かる仕事に就くのですから、厳しいのは当然のことです。勉強や実習が大変なことも覚悟していました。
 でも厳しさ以上の苦しさが、看護学校には、そして看護の現場には存在していました。看護の現場にある厳しさ以上の苦しさとは、いったい。

 本書の著者、梅川奈々先生は現役の看護教員です。病棟で臨床経験を十年間積み、その後、大学院で教育学を学び直し、二〇〇三年から看護学生の指導に従事されている方です。
 本書は、その豊かな経験をもつ梅川先生が、現場の厳しさや苦しさを包み隠さず描いたものです。そのあまりの正直さは、
「梅川先生、ここまで書いて大丈夫ですか……」
 と心配になるくらいです。つまり本書は、「看護師さんを元気にする本」だからといって、耳ざわりのよい文章ばかりを並べた、ありきたりな読み物ではないということです。

 著者は本書を通して現場の看護師、実習指導に携わっている看護師、看護教員、看護学生たちにメッセージを送っています。

現場の看護師に向かって著者は、
「安月給でやってられるか! と思ったあなたへ」
「雑用ばっかでやってられるか! と思ったあなたへ」
「上司のパワハラで壊れそう……と思ったあなたへ」
 と手を差し伸べます。

 実習指導に携わる看護師には、
「ただでさえ仕事が忙しいのに、学生なんか見てられるか! と思ったあなたへ」
「勉強もしてないようなアホな学生なんか来るな! と思ったあなたへ」
 と寄り添います。

 自身と同じ立場の看護教員には、
「出来の悪い学生の教育なんかしたくない! と思ったあなたへ」
「実習施設に頭を下げることに疲れた……と思ったあなたへ」
 と同じ目線で語りかけます。

 そして看護学生には、
「教員が敵にしか思えない……と思ったあなたへ」
「実習が怖くてたまらない……と思ったあなたへ」
「看護師になりたいかどうかわからなくなったあなたへ」
 と優しく話しかけ、その肩を抱くのです。

著者は本書で、現場が抱える問題点に鋭く切り込み、なぜこのような問題が起こるのかを深く考え、そして解決策を差し出します。そう、本書の最大の魅力は、問題点に対する解決策が、真正面から提示されていることだと思います。
 雑用が多いと感じたらどうすればいいの? 
 パワハラを受けていると感じたら? 
 病棟の実習指導看護師が学生に辛く当たるのはなぜ? 
 そうしたさまざまな悩みに対する回答を、著者は本書の中で明確に示しているのです。

 私が三十歳から三十四歳まで通っていた看護学校は、入学時は一〇〇人以上在籍する学生が、卒業時には六〇人近くまで減っているというのが普通でした。日々の勉強や実習に耐えきれず、ひとり、ふたりと途中退学していくからです。
「白衣ってリバーシブルなんだね。表は白くても裏は真っ黒だってこと、私、初めて知ったよ」
 看護学校で同じクラスだった友人も、そう言って退学していきました。友人は看護教員や実習指導の看護師になぜか疎まれ、いつも叱られてばかりいました。その恐怖体験から「白衣の天使なんていない。看護師なんて怖い人ばかりだ」と心折れてしまったのです。

 いま思うのは、本書が二十年前、私が看護学生だった頃に刊行されていてほしかった、ということです。もし友人が本書を読んでいたら悩みの本質を知り、励まされ、もう少し頑張ってみようかなと、看護師になる夢を諦めなかったかもしれません。

 本書には、白も黒もありません。
 ただ著者の、
「看護師さんたち、絶対に負けないで!」
「看護はすばらしい職業です」

 というメッセージだけが、熱く詰まっています。看護に携わるすべての人に、この素晴らしい一冊が届きますように。私もまた看護の現場にいるひとりの看護師として、切に願っています。

書評:藤岡陽子

作家:藤岡陽子(フジオカ ヨウコ)
1971(昭和46)年、京都生れ。同志社大学文学部卒業。報知新聞社にスポーツ記者として勤務。退社後、タンザニア・ダルエスサラーム大学に留学。帰国後に小説の執筆を始め、2006(平成18)年「結い言」で北日本文学賞選奨を受賞。2009年『いつまでも白い羽根』でデビュー。ほかの著書に『トライアウト』『波風』『おしょりん』『テミスの休息』などがある。


『看護師さんを元気にする本』
著者:梅川 奈々(ウメカワ ナナ)

第一作目である『あかん看護師ブッタ斬り!』の出版以降、多くの方からご支援を賜り、絶対に第二作目を書こう! と心に決めていたとき、新型コロナウイルス感染症が感染爆発しました。本著の執筆にあたって、感染への恐怖だけでなく、偏見や差別によって心に傷を負った看護師さんたちにエールを送ろうとペンを執りました。

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